以前イギリス出身の友人が改名、その時に知った驚愕の事実です。
なんとイギリスでは拍子抜けする程簡単に、思い立ったが吉日、理由を問われず誰でも改名できます。
しかも無料。
改名したい理由は人それぞれだと思いますが、日本と違いあまりに自由過ぎるので、記事にしてみました。
イギリスにおける話なので、日本人には適用されませんが、何かしら参考になれば幸いです。
イギリスで改名する方法
イギリスで改名する方法ですが基本的に、何ら法的な手続き、役所手続き等を取る必要はありません。
では、どのように改名するかですが、単に新たな名前を使い始めればOKです。
しかし、写真付きIDの身分証明書として使えるパスポートや運転免許証の名前を変更するのに、”deed poll”という書類が必要になります。
なのでイギリスにおいて実質的に、改名=”deed poll”を手配する、という事になります。
“deed poll”とは
“deed poll”とは、日本語で平型捺印証書と訳されている事が多いようです。
ある1人の当事者によって作成される、私署証書のようなイメージでしょうか。相手方となる利害関係者がいない為、契約書ではありませんが、法的な書類です。
イギリスで“deed poll”といえば、改名に係る証明書と扱われる事がほとんどです。
deedは、法的な行いや証書を意味します。
pollは、現在では投票という意味ですが、古英語では証書の角が落とされた(= polled)という意味があります。
昔、何のdeedかを容易に見分ける為、1人が署名する時にはpolledされていた名残で、今もなお”deed poll”という言葉が使われています。
因みに、2人以上が署名する証書は、角がインデント(= indented or serrated)されていたようです。
英国政府が開示している、改名に係る”deed poll”の雛形を実際にみてみましょう。
How to make your own deed poll
引用元リンク:https://www.gov.uk/change-name-deed-poll/make-an-adult-deed-poll
Use the following wording:
“I [old name] of [your address] have given up my name [old name] and have adopted for all purposes the name [new name].
“Signed as a deed on 2024/11/21 as [old name] and [new name] in the presence of [witness 1 name] of [witness 1 address], and [witness 2 name] of [witness 2 address].
“[your new signature], [your old signature]
“[witness 1 signature], [witness 2 signature]”
A specialist agency or a solicitor can make the deed poll for you instead – they may charge a fee.
After you’ve made it, you can use your deed poll as proof of your new name.
至ってシンプルです。
A4サイズの紙に印刷した上で新旧の名前、新旧の署名、住所、日付に加えて、身内以外の証人の署名があればOKです。
“deed poll”は日本でいう公証人役場的なところで、私署証書の認証を受ける必要もありません。
イギリス国籍の人に加え、イギリス国籍以外でイギリス在住者であれば一応”deed poll”自体は作れてしまえますが、当然本国の法律との兼ね合いが生じてきます。
専門業者や弁護士に”deed poll”作成を依頼できますが、上記の通り要件を満たしていれば法的に有効であり、自作で全く問題ありません。
以前イギリス国内では、改名を扱うあたかも政府代行機関であるかのような業者が乱立し、自作すれば無料で済むところ、費用を徴収し社会問題になっていたようです。
それほどイギリス人自身も、改名に関する正しい知識を持っていなかったものと思われます。
“deed poll”を入手する方法と種類
英国政府の公式サイトによると、”deed poll”を入手する方法と種類は、公的記録として未登録 or 登録の、2パターンあります。
There are 2 ways to get a deed poll. You can either:
引用元リンク:https://www.gov.uk/change-name-deed-poll
・make an ‘unenrolled’ deed poll yourself
・apply for an ‘enrolled’ deed poll
なお“deed poll”の法的な効力は、公的記録有無に関わらず同じです。
公的記録として残すかどうかは、完全に当事者による任意で、裁判所が改名を認めた事を意味するものではありません。
公的記録として残すメリットは、”deed poll”が存在していた事の証明が後世に渡り可能な点、イギリス国立公文書館(National Archives)に行けば”deed poll”のコピーが買える点と言えます。
イギリスでパスポートや運転免許証の名前変更手続きには、公的記録無しで問題ありませんが、”deed poll”の提出先によっては、公的記録有りしか認めない事があるようです。
英国パスポートの改名手続きについて:
https://www.gov.uk/changing-passport-information/names-dont-match-official-documents
英国運転免許証の改名手続きについて:
https://www.gov.uk/id-for-driving-licence
公的記録に残すには、英国王立裁判所(Royal Courts of Justice)で申請手続きをします。
公的記録 | 対象年齢 | 費用 | 改名理由 |
---|---|---|---|
無し | 16歳以上 | 無料 | 問わず |
有り | 18歳以上 | 36ポンド | 問わず |
公的記録に残す事は、公衆に情報開示する事になります。
英国政府公式The Gazetteという、日本の官報に相当するサイトで、改名の内容が公開され、誰でも閲覧可能です。
https://www.thegazette.co.uk/all-notices/notice?categorycode=G406000002&location-distance-1=1&numberOfLocationSearches=1&results-page-size=10
新旧フルネームに加えて、当然ですが現住所まで開示されています。
“deed poll”の日付を見ると、最短でもThe Gazetteに載るまでに1か月程度かかるようです。
あまり他人の人生を詮索するのも良く無いですが、改名前の名前を見ると、あぁ確かにこれは、というのもチラホラ…
なぜ容易に改名できるのか
イギリスでは、なぜ容易に改名できるのか、いくつか理由が挙げられます。
イギリスには戸籍が無い
イギリスには戸籍が存在しません。
日本で生まれたわたしには、戸籍が無い事自体がそもそも驚きでした。
でもイギリスでは、戸籍が無くても、社会が問題無くまわっています。
そして改名したとしても”deed poll”で済むので、基本的に政府機関に記録したり登録手続きしたりする事はありません。
出生届や結婚届・シビルパートナーシップ届は、カウンシルと呼ばれる役所に提出する事になっているので、各証明書は公的書類として存在しています。
改名は容易なのに、名前を含む出生届の内容を変更するのは極めて難しく、原則明らかな誤謬やミス等でなければ認められません。
Births and Deaths Registration Act 1953
https://www.legislation.gov.uk/ukpga/Eliz2/1-2/20
29 Correction of errors in registers.
29A Alternative procedure for certain corrections.
英国法は、Common law
英国法は、Common law(コモン・ロー)です。判例法主義と言われ、判例を最も重要な法源とする考えです。
因みに日本は制定法主義です。
端的に説明すると、イギリスにおいて改名を禁止する法律が存在しない為、誰でも自由に好きな時に改名できます。
かなり日付が古くて、ウェブ上で無料公開されているものが見つからなかったので、元リンクはありませんが、例えばイングランドには誰でも好きな苗字を名乗ることができる、誰でも好きな名前を名乗ることができる、自発的に名乗った名前を法的に認めないといけない等の判例が存在しています。
加えて、イギリス国民は出生届に記載された名前を名乗る必要がある、という法律が存在していないのもあります。
“deed poll”無しで改名できるケース
結婚やシビルパートナーシップで配偶者の苗字に変更する場合、結婚証明書・シビルパートナーシップ証明書があるので、”deed poll”無しで改名できます。
結婚証明書・シビルパートナーシップ証明書で改名できるのは苗字だけで、名前は不可です。
離婚やシビルパートナーシップを解消し、旧姓に戻りたい場合、同様にそれぞれの証明書を以て、旧姓を名乗ることが可能です。
上記以外のケースでは、原則”deed poll”が無いと改名できません。
Civil Partnership Act 2004を受けて翌年、The Enrolment of Deeds (Change of Name) (Amendment) Regulations 2005がリリースされシビルパートナーシップに関する記述が加えられました。
“deed poll”で改名しても、例えば出生証明書や卒業証明書、結婚証明書・シビルパートナーシップ証明書などの名前は過去に遡って反映されません。
それぞれの証明書が発行された時点で、あくまで有効だった名前だからです。
最後に
以上、イギリスにおける改名手続き方法が、あまりに簡素であるかご理解いただけたかと思います。
- 改名したい場合、新たな名前を使い始める
- 写真付きIDの身分証明書(パスポート、運転免許証)の名前を変更するのに、”deed poll”という書類が必要
- “deed poll”を手配、自作する場合は無料
- 特段、役所や裁判所に”deed poll”を届出申請等する必要無し
イギリスでは婚姻やパートナーシップに関連する改名理由が多いようです。
カップルが双方の苗字を使って造語したり、有名人と同じ名前に、トランスジェンダーの人、有名人がステージネームを本名にかえたり、詐欺目的で無い限り何でもありです。
少し意見が割れそうですが破産手続き中の人、犯罪履歴を持つ人でも改名可能です。
なお日本で改名するには、氏(苗字)か名(名前)かで若干変わりますが、何れの場合も①相応の理由が問われ、②家庭裁判所の許可を得る必要があります。
戸籍法
引用元リンク:https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000224#387
第百七条 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
第百七条の二 正当な事由によつて名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
正当な事由とは、社会生活において支障を来す場合(いわゆるキラキラネーム、誰もが知る犯罪者と同名など)をいい、個人的趣味や感情、信仰上の希望等のみでは足りないとされています。
日本とイギリスでは法体系や行政が異なるので、一概にどちらが優れているかといった議論はできないかと思います。
冒頭の話に戻りますが、イギリス出身の友人が改名した際、改名理由問わず自分が名乗りたい姓名を、選ぶ権利が保障されているイギリスは先進的だなぁと思った次第です。
日本における戸籍の意味も、改めて考えさせられる出来事でした。
※本文は以上です。
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