ドイツで4番目の欧州文化首都、ケムニッツ(Chemnitz)とは

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1988年ベルリン(Berlin)、1999年ヴァイマール(Weimar)、2010年エッセン(Essen)に続き、2025年のドイツにおける欧州文化首都(European Capital of Culture= ECoC)は、ケムニッツ(Chemnitz)に決まりました。


日本だと認知度がいまいちなのか、あまり報じられる事が無いドイツのケムニッツ欧州文化首都ついて、ドイツ在住者が説明したいと思います!

ケムニッツ(Chemnitz)とは、5つの豆知識

ドイツ東部ザクセン州に位置するケムニッツ(Chemnitz)は、州都であるドレスデン(Dresden)から西南西に80km弱、車だと約1時間程度の距離にあります。

ケムニッツは、ザクセン州でドレスデン、ライプツィヒに次ぐ、3番目に大きな都市です。


他の近隣都市としては、ドレスデンから30km程の距離にある陶磁器で有名なマイセン(Meißen)があります。



話が逸れますがマイセンはヨーロッパで初めて硬質磁器を生みだしたドイツの名窯です、ブルーオニオンやアウグスト強王の紋章からとられた、二本の剣が交わる高貴なデザインが有名ですね。




ケムニッツに関する、5つの豆知識をまとめてみました。

繊維と機械産業の歴史、改名の過去も

ケムニッツ(Chemnitz)は古くは塩の交易所として、また繊維染めの独占権が与えられリネン産業が発展し、貿易が盛んな町でした。

19世紀ドイツ国内で、初めて蒸気動力を取り入れた都市の一つとして隆盛を誇りました。

繊維工場が経済の主軸で、特許登録数もドイツ国内平均値より高い事から革新的な機械産業都市としても名を馳せていました。

産業革命により引き起こされた、スラムや公害などの都市問題を抱えていたイギリスのマンチェスターになぞらえて、ケムニッツは「ザクセンのマンチェスター」と言われる程大きくなりましたが、マンチェスター同様に空気汚染をはじめ劣悪な環境に悩まされていました。

戦争時、ケムニッツは戦車のエンジン他を製造したり、軍事工場として重要な位置付けでした。
産業や交通の中心地であったが故に、第二次世界大戦では町が破壊されています。


1953年共産主義のドイツ民主共和国(DDR、いわゆる旧東ドイツ)は、都市が果たした政治的役割及びプロレタリアートを称える目的で、都市名ケムニッツを改め、カール・マルクス・シュタット(Karl Marx Stadt)と命名しています。

本記事のアイキャッチ画像は、カール・マルクスの銅像です。”Stadt”は都市という意味です。


しかし東西ドイツ統合後、市民の3/4以上が賛成投票した事で、1990年ケムニッツという名前に戻りました。

独サッカー4部リーグ、ケムニッツFC

1966年設立のサッカークラブ、ケムニッツFC(Chemnitzer Fußballclub e.V.)のホームがあります。

ケムニッツFCは、ドイツのサッカーにおける4部リーグに相当するレギオナルリーガ(Regionalliga)のノルトオスト(Nordost)に属します。

ノルトオストは北東という意味で、リーグ内に5つある地域(北部・北東部・西部・南西部・バイエルン)の1つです。

ケムニッツFCの愛称は、スカイブルーを意味する”Die Himmelblauen”。

フォルクスワーゲン(Volkswagen AG)が、ケムニッツFCのプレミアムパートナーの1社として名を連ねています。

アウディ(Audi)の旧本拠地、4つの輪

ミュンヘン(Munich)から電車で北へ45分ほどのインゴルシュタット(Ingolstadt)に本拠地を構える、ドイツを代表する自動車メーカーの一つアウディ(Audi)。


ドイツ車好きな日本人にもあまり知られていませんが、アウディの前身だったAuto Union AGはケムニッツで1932年設立されています。


アウディのエンブレムである、4つの輪(フォー・シルバー・リングス)は、このAuto Union AGが発足した時に合併した時の4社を指すものとされています。

  • Audiwerke
  • Horchwerke
  • Zschopauer Motorenwerke J. S. Rasmussen AG(DKW)
  • Wanderer

The Auto Union AG, Chemnitz

On 29 June 1932, Audiwerke, Horchwerke and Zschopauer Motorenwerke J. S. Rasmussen AG (DKW) merged on the initiative of the State Bank of Saxony to form Auto Union AG. A purchase and leasing agreement was concluded at the same time with Wanderer for the takeover of its motor vehicle division. The new company’s head offices were in Chemnitz. 

引用元リンク:https://www.audi.com/en/company/history/four-brands-four-rings.html


第二次世界大戦後は、ソビエト連邦にケムニッツにある工場を占領されたり富を搾取された為、アウディ(Auto Union AG)は一度解体を余儀なくなれました。

そしてソビエト連邦の影響下におかれないよう、主要メンバーは今のIngolstadtに移り、1949年に新たにAuto Union GmbHを設立し、現在に至ります。

End and recommencement

In 1945, after the war had ended, Auto Union AG‘s premises were located in the zone occupied by the Soviet forces, who expropriated its assets, dismantled the plant and had the company removed from the Commercial Register of the city of Chemnitz in 1948. A new company called Auto Union GmbH was established in Ingolstadt in 1949.

引用元リンク:https://www.audi.com/en/company/history/recommencement.html

欧州最大、機関車の車両基地

機関車の製造場所としてケムニッツは歴史があり、現在も動く機関車がヨーロッパで最も多く集まる車両基地があると言われています。

Saxon Railway Museum Chemnitz

Although Dresden can claim to be the place where the first functional German locomotive was built, the locomotive construction of the “Saxon Engineering Factory, formerly Richard Hartmann” in Chemnitz was truly lasting and significant. In 1848 Hartmann delivered his first locomotive, the “Glückauf” (the traditional miners’ greeting) to the Saxon-Bavarian Railway and between 1848 and 1929 another 4,698 to railway companies all over the world

引用元リンク:https://www.sachsen-tourismus.de/en/service/points-of-interest/poi/poi/saxon-railway-museum-chemnitz-chemnitz/tab/industrial/


ケムニッツにあるザクセン鉄道博物館の公式サイトでは、ザクセン州内を現役で走る蒸気機関車のルートが検索可能です。

https://www.steam-route-saxony.com/en/saxon-steam-railway-route/


同州内の鉄道全般に係る情報も網羅されているので、公式サイトを見ているだけでも結構面白いかと思います。

Steam Steel & Passion

2019年世界遺産に登録された、エルツ山地(Erzgebirge)

ケムニッツの南側に面したチェコとの国境沿いには、エルツ山地(Erzgebirge)が横たわります。

英語だと”Ore Mountains”(オーレ山脈)、チェコ語だと “Krušnohoří”です。「鉱石+山」という意味そのものですね。

言わずもがな、鉱石がケムニッツに与えた影響は計り知れないものがあります。


流石にドイツ南部や隣国に連なる、3,000メートル級近くのアルプス山脈(ドイツ最高峰ツークシュピッツェ山の標高は、2,962メートル)に比べると標高は低い(最高地点のFichtelbergで、1,215メートル)ですが、特異な文化的景観、鉱業の技術革新の中心地であった事などが認められ、2019年にユネスコよりエルツ山地工業地域として世界遺産に登録されています。

UNESCO (The United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)

Decision : 43 COM 8B.26
Erzgebirge/Krušnohoří Mining Region (Czechia and Germany)


余談ですがFichtelberg(標高1,215メートル)は、夏のハイキングやサイクリング、冬のスキーやスノーボードなどリゾート地として有名です。

欧州文化首都(European Capital of Culture = ECoC)とは

欧州文化首都(European Capital of Culture = ECoC)とは、文化の多様性、歴史や価値を共有する事を目的として、1985年に始まった欧州連合(EU)における文化行事です。


真のヨーロッパ統合には、文化面での相互理解が不可欠としてEU市民に向けたものでしたが、欧州文化首都に選出された都市は、一年を通して様々な行事を開催するので、EU市民は勿論、域外の観光客等からも毎年注目を集めています。

選考方法

1985年から1999年までは毎年1都市が、ミレニアムと言われた2000年には特別に9都市が、以降は毎年2都市が、EUメンバー国から選出されています。

2021年からは、3年毎に3都市目が選出されます。この3都市目は、既存のEUメンバー国以外に、EU加盟候補国やEEAに属する国も対象です。

2025年に先駆け、2019年はじめにドイツの8都市が候補に名乗りを挙げエントリー。2019年末には、5都市に絞られ、2020年10末最終的に1都市が選ばれました。

選出された、ドイツの全都市リスト

ドイツにおける欧州文化首都(European Capital of Culture)に選出された全都市リストです。

都市名
1988年ベルリン(Berlin)
1999年ヴァイマール(Weimar)
2010年エッセン(Essen)
2025年ケムニッツ(Chemnitz)


なお2025年の候補都市は、以下の5都市に絞られ競いました。

  • ハノーファー(Hanover)
  • ニュルンベルク(Nuremberg)
  • ヒルデスハイム(Hildesheim)
  • マクデブルク(Magdeburg)
  • ケムニッツ(Chemnitz)


2019年12月12日には、当初8都市から以下の3都市が落選しています。

  • ドレスデン(Dresden)
  • ゲーラ(Gera)
  • ツィッタウ(Zittau)

 

そして2020年10月28日に、2025年の欧州文化首都として、ドイツを代表する都市はケムニッツと発表されました。


ハノーファーやニュルンベルク(そしてドレスデンも)を差し置いて、ケムニッツが選出されたのは快挙で、発表があった際には、大きく地元メディアで取り上げられていました。

Chemnitz wird Kulturhauptstadt 2025

プレゼンターであるSylvia Amann氏が手に持つ紙に、ケムニッツの文字が書かれていた事が分かると、市庁舎に集まった関係者は歓喜します。

2025年はドイツとスロベニア

2025年の欧州文化首都(European Capital of Culture)は、2都市です。

ドイツはケムニッツに決まりましたが、もう1都市はスロベニアで以下の候補から、2020年12月に発表予定です。

  • Ljubljana
  • Nova Gorica
  • Piran
  • Ptuj 
European Capitals of Culture - Creative Europe - European Commission
European Capitals of Culture

最後に

ケムニッツ(Chemnitz)に関する5つの豆知識、欧州文化首都等についての記事でした。

  1. 繊維と機械産業の歴史、改名の過去も
  2. 独サッカー4部リーグ、ケムニッツFC
  3. アウディ(Audi)の旧本拠地、4つの輪
  4. 欧州最大、機関車の車両基地
  5. 2019年世界遺産に登録された、エルツ山地(Erzgebirge)


ケムニッツでは2018年、ドイツ人男性が2人の難民にナイフで殺害されたことが発端となり、極右過激派が難民・移民排斥を訴え、暴動事件が起きてニュースになっていました。

Ausschreitungen in Chemnitz: "Wir sind bepöbelt und bedroht worden"


2019年にはケムニッツFCが、ナチスドイツの歴史を正当化するネオナチのグループに関与したとして、32歳の主将でFWのダニエル・フラーン(Daniel Frahn)との契約を解除したと公式ページで発表しました。


極右デモやネオナチ等のネガティブなイメージを払拭しつつあるケムニッツですが、欧州文化首都に選ばれた事で、今後はよりポジティブな話題で注目される事になりそうです。

欧州文化首都が開催された1985年には、既に改名されていてカール・マルクス・シュタットでしたが、東西ドイツ統合後に都市名がケムニッツに戻り、2025年にはドイツを代表される都市に選ばれた事は、ある世代以上のケムニッツ市民にとって感慨深いものだったと思われます。


ドレスデン、ライプツィヒ、マイセン等から程遠くないので、今後ザクセン州に行くことがあればケムニッツに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。





※本文は以上です。
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