日本でも海外でも、水で乾杯するのは縁起が悪く、マナー違反とされています。
水杯・水盃(みずさかずき)とは、杯に酒では無く水を入れ酌み交わす事です。
本記事では、日本に加え筆者が実際に住んだことのあるアメリカ、イギリス、ドイツにおいて、それぞれ事情を説明したいと思います。
英語やドイツ語で乾杯を何というかも、合わせて記しておきます。
日本では、二度と会えないかもしれない別れのとき
なんとなく水で乾杯をしてはダメという事は知っていましたが、改めて辞書で調べてみます。
Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > 水杯/水盃の意味・解説
引用元リンク:https://www.weblio.jp/content/%E6%B0%B4%E6%9D%AF%EF%BC%8F%E6%B0%B4%E7%9B%83
みず‐さかずき〔みづさかづき〕【水杯/水×盃】
二度と会えないかもしれない別れのときなどに、互いに杯に水を入れて飲み交わすこと。「―を交わして出陣する」
「二度と会えないかもしれない別れのときなどに」と予想通りですが、縁起の悪い言葉が出てきました。
水杯・水盃の水は、「清めの水」、「末期の水」、「一味神水」などとも言われ禊の意味合いを持ち、いつが起源かは定かではありませんが戦国時代など、かなり古くから水で酌み交わす儀式として存在していたようです。
なお盃は二度と使われない為、儀式後に割られる事が多かったようです。
今日における一番身近な例は、厄払いや七五三、新年のお参りなどで神社にいった時に使う手水(ちょうず・てみず)でしょうか。
キリスト教においては、洗礼で水が使われます。
また大相撲では神聖な土俵に上がる際、身を清める儀式の1つに力水(ちからみず)がありますね。
相撲でよく力士が使う「水・紙・塩」にはどんな意味がある?
引用元リンク:http://wbpf-sumou.jp/sumo/qanda.html
『水』
力士が口をすすぎ身を清めるための水で、全力で戦う水杯に通じています。「力水」「化粧水」「清めの水」ともいい、十両以上の取組でないとしようできません。江戸時代の朱塗りの大杯に代わって昭和16年1月より柄杓(ひしゃく)が使用されるようになりました。東方は赤房、西方は白房の土俵下「に手桶を備えています。
大相撲で使われる力水ですが、日刊スポーツの記事によると福岡県直方市の米菓製造会社「もち吉」が無償提供しているようです。
「もち吉」の力水特設サイトでは、無償提供には触れていませんが大相撲の清めの儀式で使用されている旨説明されています。
水源は林野庁が「水源の森百選」に選んだ名水です。
アメリカでは、乾杯を捧げる対象者に溺死をもたらす
アメリカでは海軍において、水で乾杯する行為は、乾杯を捧げる対象者に溺死をもたらすとされ、伝統的に禁じられています。
Mess Night Manual
引用元リンク:https://www.history.navy.mil/research/library/online-reading-room/title-list-alphabetically/m/mess-night-manual.html
Naval School
August 1986
III. TOASTS
Toasts are usually made with champagne, but other wines are also suitable. At a Mess Night, port wine is used for all toasts. Although civilian practice is more permissive, in the military, toasts are never drunk with liqueurs, soft drinks, or water. Tradition is that the object of a toast with water will die by drowning.
格式や伝統を重んじる国イギリスのバッキンガム宮殿で2011年に行われた晩餐会で、第44代アメリカ合衆国大統領のオバマ氏が、エリザベス女王との間で、気まずい乾杯の瞬間を捉えたYouTubeです。
水で乾杯したものではありませんが、エリザベス女王が一瞬何事かとオバマ氏の顔を覗き込む仕草に、ハラハラドキドキさせられます。
音楽が終わるまでエリザベス女王はじめ、出席者全員が起立したままでした。実は流れていた音楽は、イギリス国歌です。
英国ロイヤルファミリーと対面するときには、誰であろうがロイヤル・プロトコル(Royal Protocol)と呼ばれる礼儀作法を守る必要があると言われています。
イギリス国歌が流れている間もスピーチを続けたオバマ氏は、エリザベス女王の目の前でロイヤル・プロトコル(国歌が演奏されている時は、起立して注意を払う)を破ります。
Greeting a Member of The Royal Family
引用元リンク:https://www.royal.uk/greeting-member-royal-family
There are no obligatory codes of behaviour when meeting The Queen or a member of the Royal Family, but many people wish to observe the traditional forms.
英ロイヤル・ファミリーの公式サイトでは、そこまで詳しいプロトコルは明記されておらず、「女王やロイヤル・ファミリーに会う場合、何か特別な義務やルールは無いが、多くの人は伝統的なお作法を守ろうとしている」と書かれています。
なんか奥ゆかしさが感じられる文ですね。
因みにミシェル夫人は2009年、エリザベス女王の腰に手をまわし、やはりロイヤル・プロトコル(女王が握手を差し出した時以外、不用意に触れてはいけない)を破っています。
イギリスでは、反旗を翻すことを連想(ジャコバイト反乱軍)
アメリカ海軍で、水で乾杯する事が伝統的に禁じられているという事は、より歴史があるイギリスから来ています(かつてイギリス領であった、カナダやオーストラリア、ニュージーランドでも同様の迷信があるようです)。
BRITISH ROYAL NAVY CUSTOMS
引用元リンク:https://www.hmsrichmond.org/toast.htm
THE LOYAL TOAST
It has been said that the practice of drinking the loyal toast in an empty glass, or in water, was authorised by King George V out of defence to officers’ pockets. After the 1745 Rebellion, it was forbidden to use finger bowls at table if the loyal toast was to be proposed because of the Jacobite habit of passing the wine glass over the bowl beforehand – an allusion to royalty in exile “over the water.”
イギリス海軍では1745年ジャコバイト蜂起(四十五年の反乱)後から、ロイヤル・トーストが執り行われる事が分かっている時には、(手を洗う為の水が入っている)フィンガーボールを使う事が禁止されています。
理由は、かつて海を渡り(=”over the water”)ヨーロッパ大陸に亡命した王族へ忠誠を誓う秘密の儀式として、ジャコバイト(名誉革命により王位を追放され亡命したステュアート家の支持者、またジェームズのラテン名)は、水が入った杯の上を通るよう(=”over the water”)、常にワインやワイングラスを手渡していたからです。
ジャコバイト・グラスとか、ジャコバイト・エール、ハリー・ポッター映画に登場したSLジャコバイト号(ホグワーツ特急)など、Jacobiteにまつわる話は数多くありますね。
なお英語で乾杯を意味する“Toast”(トースト)という言葉は、16世紀のイングランドで、トーストされ小さくちぎられたスパイスの効いたパンを、ワイングラスに入れて飲む事が流行したのが由来とされています。
グラスに入れられたパンは、マルティーニに入れるオリーブみたいな存在で、フレーバーや食感を楽しんでいたと言われています。
そもそもパンもお酒も、同じ原料が使われている事もあり、相性は良い筈です。ドイツでは、パンは飲むビールとさえ言われている程です。
トーストされたパンは、その後ワイングラスに入れられる事が無くなった一方で、“Toast”という言葉は残り現在に至ります。
他にも乾杯という英語だと“Cheers”(チアーズ)があります。かしこまった場面でないパブなどでは、“Cheers”(チアーズ)の方が一般的に使われる事が多いかと思います。
ドイツでは、相手の死や不幸を望む
日本、アメリカ、イギリスに続きドイツでも、水杯・水盃はやはりNGです。ドイツの場合、古代ギリシャ神話からきているようです。
ブリタニカによると、古代ギリシャ神話では、死者はレーテー川の水を飲むと前世の記憶を無くすとされており、代わりに記憶の川ムネーモシュネーを探し、魂の転生の終わりを確保しようとしたとされています。
Greek mythology
引用元リンク:https://www.britannica.com/science/river/Significance-to-trade-agriculture-and-industry
Lethe, (Greek: “Oblivion”), in Greek mythology, daughter of Eris (Strife) and the personification of oblivion. Lethe is also the name of a river or plain in the infernal regions.
In Orphism, a Greek mystical religious movement, it was believed that the newly dead who drank from the River Lethe would lose all memory of their past existence. The initiated were taught to seek instead the river of memory, Mnemosyne, thus securing the end of the transmigration of the soul. At the oracle of Trophonius near Lebadeia (modern Levadhia, Greece), which was thought to be an entrance to the underworld, there were two springs called Lethe and Mnemosyne.
忘却の川レーテーか、記憶の川ムネーモシュネーかは良く分かりませんが、ギリシャ人が死者の旅立ちに際し、水で乾杯していた事から、ドイツでは水で乾杯すると、相手の死や不幸を望む事になる考え方が取り入れられるようになりました。
ドイツ独特なのか分かりませんが、アメリカやイギリスにない風習として、乾杯する時のアイコンタクトが必須です。
ドイツ人からずっと見つめられていても、あなたに気がある訳では無いので誤解しないようにしましょう。
ドイツ語で乾杯だと、オールマイティーに使える“Prost !”(プロースト)がメジャーかと思います。少しフォーマルな場面では、“Zum Wohl !”(ツムヴォール)などが使われます。
遅れて飲み会に参加すると、パブなどのテーブルをノックするドイツ人を見たことがあるかもしれません。
悪魔が触れる事ができないとされているオーク材でできたテーブルをノックする事で、遅れてきた人が悪魔では無い事を証明していた名残のようです。
まとめ
日本でも海外でも、水で乾杯する水杯・水盃は縁起が悪く、マナー違反という記事でした。
海外は実際に住んだことがあるアメリカ、イギリス、ドイツ(古代ギリシャの影響大)の3か国を例に挙げてみましたが、その他の国でも理由は別として、水杯・水盃は否定的に捉えられている印象です。
社会的に、乾杯の儀式に参加しないのはマナー違反とされています。
フォーマルな場面ほど、水杯・水盃は避けた方が無難です。下戸でも、お酒の入ったグラスで実際に飲まなくても、儀式として口元にグラスをつけるなど、参加する事に意義があるかと思います。
ただ個人的な印象では、特にアメリカでは第45代アメリカ合衆国大統領のトランプ氏みたいに、お酒を飲まないと公言している人もいます。
イギリスやドイツなどでも同じことが言えますが、どちらかというと飲酒可能年齢がアメリカ(21歳以上)より若いですし、諸々お酒に対してヨーロッパ(イギリスは18歳以上、ドイツは16歳以上)の方が、社会的に寛容なイメージですが、水杯・水盃には注意したいものです。
※本文は以上です。
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