ドイツ国内外で温度差のある「ビール純粋令」、5つの逸話とは

スポンサーリンク

ドイツの「ビール純粋令」は元々、質を確保する為だけではありませんでした。

ビール好きなら聞いた事があるかもしれないドイツの”Reinheistgebot”、日本語だと「ビール純粋令」と訳されているようです。

500年以上前の1516年に施行された、原料を「大麦・ホップ・水・酵母」に限定して作られた製品だけが、ビールを名乗る事ができ、現在も有効な世界で最も古い食品に関する法律と言われています。

結果として、ドイツビールを世界標準に導いた「ビール純粋令」と言えますが、ドイツに住んで筆者が感じた温度差があります。

本記事では、意外と日本人には知られていない(かもしれない)話題を、5つ共有したいと思います。

ビール純粋令は、元々ドイツの法律では無かった

ドイツの「ビール純粋令」 = “Reinheitsgebotes”の元になった法律は、バイエルン公ヴィルヘルム4世(Dukes Wilhelm IV)と弟ルートヴィヒ10世(Ludwig X)により、1516年4月23日に制定されたものです。

ドイツ南部に位置するバイエルン州インゴルシュタットです。16の連邦州から成立つ、現在のドイツ連邦共和国を成す随分と前の出来事です。



また厳密に言うと「1516年ビール純粋令」という法律は存在せず、1918年になって初めて「純粋令」を意味する”Reinheitsgebotes”という言葉が使われました。

以下引用の通り、「夏季及び冬季に、ビールはどのように提供・醸造されるべきか」という名のもとに施行されたもので、「純粋令」という言葉は含まれていませんね。

Wie das Bier im Sommer und Winter auf dem Land ausgeschenkt und gebraut werden soll

Ganz besonders wollen wir, daß forthin allenthalben in unseren Städten, Märkten und auf dem Lande zu keinem Bier mehr Stücke als allein Gersten, Hopfen und Wasser verwendet und gebraucht werden sollen. 

Gegeben von Wilhelm IV.
Herzog in Bayern 
am Georgitag zu Ingolstadt anno 1516

引用元リンク:https://brauer-bund.de/reinheitsgebot/entstehung/wortlaut/


現在も有効な「ビール純粋令」に対し、1516年に施行された所謂「バイエルン純粋令」では「大麦・ホップ・水」だけが原料として使用が許されていて、その後1906年に「酵母」が加えられました

1516年時点で、「酵母」を加えなければビールの生産が不可能である事は知られていましたが、「酵母」の正確な作用が、当時まだ研究されていなかった為です。


また引用したパラグラフの冒頭が、”Ganz besonders” = 「特に」と強調していたり、引用元リンクに記載されていますが罰則規定が設けられていた事から、「大麦」以外の麦、また「ホップ・水」以外(の不純物)の使用を強く禁止していた事が伺えます。

天然に存在する原料のみ使う事が許され、現代でいう保存料、甘味料、着色料、香料など食品添加物は含まれません。


1906年にドイツ国(Drittes Reich = ドイツ第三帝国)で「ビール純粋令」が適用された際には、バイエルン以外の醸造所から強い抵抗があったようです。

第二次世界大戦後の1952年、ドイツ酒税法“Biersteuergesetz (BierStG)”の一部に「ビール純粋令」が含まれます。

そしてEU規則(税法と食品法は別々に捉えている)の適用開始により、1993年から「ビール純粋令」に係る文言は“Vorläufiges Biergesetz (VorlBierG)”に反映されています。

Verordnung zur Durchführung des Vorläufigen Biergesetzes

§ 17(1) Bei der Bereitung von Bier dürfen, soweit im § 9 Abs. 7 und 8 des Gesetzes nicht Ausnahmen vorgesehen sind, nur die im § 9 Abs. 1, 2 und 4 des Gesetzes zugelassenen Braustoffe und Brauersatzstoffe verwendet werden. Die Vorschriften der Zusatzstoff-Zulassungsverordnung sind anzuwenden. Farbebier muß aus Gerstenmalz, Hopfen, untergäriger Hefe und Wasser hergestellt werden, es muß vergoren sein.(2) Die zulässigen Braustoffe müssen in der Beschaffenheit verwendet werden, in der ihnen die im Gesetz gewählte Bezeichnung zukommt.(3) Das Malz darf sowohl in ganzen, enthülsten oder unenthülsten Körnern, wie auch zerkleinert, trocken, angefeuchtet, ungedarrt, gedarrt und geröstet verwendet werden.(4) Zur Bereitung von obergärigem Bier darf Malz auch aus anderem Getreide als Gerste verwendet werden. Reis, Mais oder Dari gelten nicht als Getreide im Sinne des § 9 Abs. 3 des Gesetzes.

引用元リンク:https://www.gesetze-im-internet.de/bierstdb/BJNR701350931.html

バイエルン純粋令は、国民食パンを守る為

1516年の「バイエルン純粋令」は、消費者保護だけが目的で施行されたものではありませんでした。

どういう事かと言うと、原料である「小麦・ライ麦」などの高騰により、国民食であるパンの価格上昇や供給が問題視されていました。

そこで「大麦」のみをビール醸造に使用できるように制限(つまり小麦ライ麦は不可)する事で、パンの価格上昇を控え、安定供給を達成させようとする意図がありました。


加えて「大麦・ホップ・水」の3種類に原料を限定したのは、粗悪な質のビールが市場に出回るのを排除する為です。

また前述の引用元リンクに記載されていますが、「バイエルン純粋令」では原料だけでなく、ビールの販売価格に上限を設けています


しかしヴィッテルスバッハ家(HausnWittelsbach)など、ビール醸造に「小麦」の使用を特別に認めるライセンスを販売して手数料を得ていたり、一般の国民というよりは上流階級の食卓からパンが無くならないようにする為、「バイエルン純粋令」を施行したとも言われています。

何れにせよ、当時はパンの安定供給を図るための法律が、結果としてドイツビール(ラガー)を世界標準に導いた事になります。

2005年ドイツ連邦行政裁判所、シュガーシロップ使用でもビール

「ビール純粋令」は19世紀に「酵母」が原料の一部に認められ、20世紀に入り「小麦・塩・砂糖」もバイエルン州を除く15の連邦州で認められるようになっています。

「ビール純粋令」から乖離したものは”besonderes Bier” = 「特別なビール」と分類され、「ビール純粋令」に準拠した”Bier” = 「ビール」とは差別化されています。

ややこしいですがバイエルン州以外かつドイツ国外への輸出目的で醸造されるビールは、「ビール純粋令」に従う必要はありません。

なおビールに加えても良い原料は、“Zusatzstoff-Zulassungsverordnung (zzulv)”に明記されています。



2005年にドイツ連邦行政裁判所(Bundesverwaltungsgericht)は、本来「ビール純粋令」通り「大麦・ホップ・水・酵母」のみで醸造されるべき下面発酵ビール(いわゆるラガー)に、シュガーシロップを加えて作られた”Schwarzer Abt”(黒ビール)を取扱うKlosterbrauerei Neuzelleに対して、ビールという商品名を使用してマーケティングする事を認める判決(Judgment of February 24, 2005 -BVerwG 3 C 5.04を下しています。

10年近く争っていたケースで、管轄する場所から”Brandenburger Bierkrieg” = 「ブランデンブルク・ビール戦争」と呼ばれていました。

上面発酵ビールであれば認められているシュガーシロップの使用を下面発酵でも許可する(個別案件ではあるものの、ドイツ連邦行政裁判所が柔軟性を示した例)、ドイツビール業界にとって画期的な判決でした。

もしバイエルン州での裁判であったら、異なる判決内容だったかもしれません。



わたしが以前勘違いしていたのですが、ドイツでは全てが「ビール純粋令」に従い「大麦・ホップ・水・酵母」のみの原料を使って、ビールが作られている訳ではありません。


例えばドイツの伝統的なビールとして有名な以下は、「バイエルン純粋令」では禁止されていた原料である「小麦・ライ麦」が使われています。

  • Hefeweizen
  • Roggenbier
  • Gose
  • Dunkelweizen

また、これらはラガーでは無くてエールです。

消費者に加え、産業・貿易保護の側面

「ビール純粋令」の元をたどれば、バイエルン公が消費者保護の観点からパン業界を守る体でもありました。

1906年にドイツ国(Drittes Reich = ドイツ第三帝国)で「ビール純粋令」が適用された際には、バイエルン以外の醸造所から強い抵抗があったと記しました。


そしてドイツがEUに加盟するまで、ビールと名付けられた商品のドイツ国内への輸入は禁止されていました。

ドイツの「ビール純粋令」に該当しない商品を、ドイツ国内でビールとして流通させない事により、自国醸造所を守る意図があったからです。


しかし1987年にEU裁判所より、「ビール純粋令」はドイツ国内で醸造されるビールにのみ適用される旨判決が出されています。

Judgment of the Court of 12 March 1987.

Commission of the European Communities v Federal Republic of Germany.
Failure of a State to fulfil its obligations – Purity requirement for beer.
Case 178/84.

( 1 ) DECLARES THAT, BY PROHIBITING THE MARKETING OF BEERS LAWFULLY MANUFACTURED AND MARKETED IN ANOTHER MEMBER STATE IF THEY DO NOT COMPLY WITH ARTICLES 9 AND 10 OF THE BIERSTEUERGESETZ, THE FEDERAL REPUBLIC OF GERMANY HAS FAILED TO FULFIL ITS OBLIGATIONS UNDER ARTICLE 30 OF THE EEC TREATY;

引用元リンク:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=CELEX%3A61984CJ0178


つまりドイツ以外のEU加盟国は、ビールという商品名を使用してドイツ国内でマーケティングする事が認められました。

消費者だけではなく「ビール純粋令」が保護する対象の移り変わりは、興味深いものがあります。

消費者だけではない「ビール純粋令」が保護する対象の移り変わり。

ビール業界に対する、バイエルンのパン業界

北ドイツ等に対する、バイエルンのビール産業

EU等に対する、ドイツのビール産業(貿易保護)

ビールだけに苦汁を飲まされた、ユネスコ落選

ユネスコは2016年「ベルギーのビール文化」を、世界無形文化遺産に認定しています。

ベルギー産ビールの特徴は、フルーティさやスパイスが効いたエールです。

因みにドイツビールとして有名な”Beck’s”や”Franziskaner”ですが、現在はベルギーのビール大手会社アンハイザー・ブッシュ・インベブ(Anheuser-Busch InBev)が所有者なんです。

UNESCO (United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)

Beer culture in Belgium
Inscribed in 2016 (11.COM) on the Representative List of the Intangible Cultural Heritage of Humanity

引用元リンク:https://ich.unesco.org/en/RL/beer-culture-in-belgium-01062


ドイツも、「ビール純粋令」が施行されてから500年の節目となる2016年に向けて、Deutscher Brauer-Bund e.V.(DBB = 独ブルワリー協会)主導でユネスコに推薦していましたが認められず、一方で他国ベルギーのビール文化が世界無形文化遺産に認定され、苦汁を飲まされる結果となっています。


ドイツが落選した理由は、ビール文化というよりも規制面や、(人間による手作業ではなく)大量生産を可能にする工業的な醸造方法などが強調された為と言われています。



前述の通り、EU裁判所からは公正な競争を阻害するとして、ドイツの「ビール純粋令」はあくまでもドイツ国内で醸造されるビールにのみ適用とされていますが、EU規則では「ビール純粋令」に沿って作られたドイツのビールは”Traditional food” = 「伝統食」として認定されています。

Regulation (EC) No 1333/2008 

ANNEX IV
Traditional foods for which certain Member States may continue to prohibit the use of certain categories of food additives

Germany
Traditional German beer (Bier nach deutschem Reinheitsgebot gebraut)

引用元リンク:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A32008R1333


フランスのコンフィ、デンマークのスモーブロー、イタリアのモルタデッラなどの伝統食がリスト化されている一方、飲み物であるビールが指定されているのはドイツだけです。

EU規則で認められたものが、自動的にユネスコの世界無形文化遺産になるものではありませんが、独ブルワリー協会はリベンジを狙っているようです。

最後に

以上、ドイツの「ビール純粋令」に関する日本人には意外と知られていない(かもしれない)5つの話題でした。

  1. ビール純粋令は、元々ドイツの法律では無かった
  2. バイエルン純粋令は、国民食パンを守る為
  3. 2005年ドイツ連邦行政裁判所、シュガーシロップ使用でもビール
  4. 消費者に加え、産業・貿易保護の側面
  5. 苦汁を飲まされた、ユネスコ落選


ドイツ国内でも、バイエルン州出身の人は「ビール純粋令」をサポートする一方で、他州の出身者間ではまちまちで温度差があるようにわたしは感じています。

EU加盟国間でもビールの取扱いで過去もめた経緯があり、ドイツ国外でもわりと温度差が見受けられます。



昔からの変わらない味を楽しめる一方で、革新性・創造性・多様性に欠けて、しばしば退屈やBeerocracyと揶揄されたりもするドイツのビール。近年ドイツ国内では「ビール純粋令」の枠組みに入らない、クラフトビールが注目を集めてきている印象です。

裸体主義文化(FKK)やカルテス・エッセンのように、「ビール純粋令」に準じた伝統的なドイツビールは下火になるのか、見守っていきたいと思います。

ドイツ人のビール愛は凄く、The Brewers of Europeのビール統計資料によるとEU域内でビール製造量トップですが、国民1人当たり年間ビール消費量は隣国チェコやオーストリアの方が、実はドイツより多い事実があったりします。





※本文は以上です。
もし記事を気に入っていただけたら、是非、SNS等でシェアいただけたらと思います!

記事一覧は、サイトマップから確認できます。

コメント

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました